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仙台地方裁判所 平成5年(ワ)598号 判決 1994年10月25日

原告

木村米子

木村のぶ子

木村浩保

児玉きくこ

右四名訴訟代理人弁護士

佐々木健次

被告

甲田金人

株式会社日進運輸建設

右代表者代表取締役

小出隆

右両名訴訟代理人弁護士

小野寺信一

齋藤拓生

主文

一  被告らは、連帯して、原告木村米子に対し、金一七〇六万三〇〇五円、原告木村のぶ子、原告木村浩保及び原告児玉きくこに対し、各金五六八万七六六八円及びそれぞれこれに対する平成三年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告木村米子に対し、金二二〇万円及びこれに対する平成三年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

以下において、原告木村米子を「原告米子」といい、その余の原告についても、同様に名に原告を冠して呼称し、被告甲田金人を「被告甲田」といい、被告株式会社日進運輸建設を「被告会社」という。

第一  請求

一  被告らは、連帯して、原告米子に対し、金二六八〇万二五四四円、原告のぶ子、原告浩保及び原告きくこに対し、各金八九三万四一八一円及びそれぞれこれに対する平成三年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告米子に対し、金三三〇万円及びこれに対する平成三年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、次の一の事故の発生を理由に、原告が被告らに対して不法行為損害賠償請求権に基づき、損害の賠償を求める事案であるが、被告らは、被害者である木村富保(以下「富保」という。)の死亡については本件事故と相当因果関係がないと主張し、かつ、原告の主張する損害を争う。

一  争いのない事実等(証拠によって認定した事実については、認定に供した証拠を括弧内に摘示した。)

1  事故の発生(次の事故を、以下「本件事故」という。)

(一) 日時 平成二年三月一九日午前九時一〇分ころ

(二) 場所 宮城県石巻市県道沢田沼津線舗装工事現場

(三) 被害者 富保(昭和九年五月一七日生、平成三年一一月一日、五七歳で死亡)

(四) 加害車両 一〇トンダンプトラック(宮城一一さ五〇二〇)

(五) 運転者 被告甲田

(六) 結果 富保が工事現場内で作業をしていた際、被告運転のダンプトラック(宮城一一さ五〇二〇)がバックで右現場に入り電柱に衝突し、右電柱が衝突の衝撃で折れ、折損した右電柱は富保の左肩付近及び左腕を直撃したため、富保は激しく転倒し、負傷した。

2  被告甲田は、本件加害車両の運転者であり、後方注視及び安全運転義務を怠り、富保に傷害を負わせたものである。

被告会社は、本件加害者の保有者であり、これを自己のために運行の用に供していたものである。

3  原告米子は、富保の妻であったものであり、その余の原告らは富保の子である(原告米子本人尋問の結果)。

4  富保の損害については、任意保険から三五四万五八二六円、自賠責保険から五七三万円の合計金九二七万五八二六円の損害の填補を受けた。

二  原告らの主張

1  富保は、平成二年三月一九日、石巻赤十字病院で、第一腰椎圧迫骨折、左腕神経叢麻痺、肋骨骨折と診断され、同病院に入院した。その後、東北大学医学部付属病院整形外科、公立深谷病院(以下「深谷病院」という。)で治療を受けた後、平成三年三月二二日、国立療養所宮城病院(以下「宮城病院」という。)に入院した。富保は、宮城病院において、同年七月一七日、頚神経引き抜き損傷による強い痛みが軽減しないため、やむを得ず脊髄神経後根切断手術(以下「本件手術」という。)を受けたが、右手術時にA型血液四単位八〇〇ccの輸血を受けた。富保は、同年九月三〇日に宮城病院を退院したが、同年一〇月一五日には、宮城病院に再診し、倦怠感、浮腫、湿疹等の症状を訴え、同月二六日、深谷病院で発熱、倦怠感、食欲不振を訴えた。そして、富保は、同月二八日、胃炎、全身衰弱を訴えて深谷病院に入院し、同病院で、同月二九日、劇症肝炎と診断され、同年一一月一日、B型肝炎ウィルスによる劇症肝炎で死亡した。

2  本件手術は、富保の強い痛みを除去ないし軽減するために必要やむを得ない手術であり、その際、富保はA型血液四単位の輸血を受け、間もなく劇症肝炎を発症し、死亡しているうえ、劇症肝炎は、輸血後の肝炎からおこることが、その半数以上を占めているとされること等からして、富保の死亡と本件事故との間には相当因果関係がある。

三  被告らの主張

本件手術時のA型血液四単位の輸血が死亡原因か否かについては被告らとしては知るよしもないが、仮にそれが原因であるとしても、富保の死亡の責任は同病院にあり、本件事故と死亡との間には因果関係がない。

第三  争点

一  本件事故と富保の死亡との間の相当因果関係の存否

二  損害額

第四  争点に対する判断

一  争点一について

1  証拠(甲一ないし一二、一四、一五、一七、二〇の三、二二、二三の二及び三、二四の一ないし三、二五、二六の一及び二、二七の一及び二、二八の一及び二、二九の一及び二、三〇の一ないし八、三一の一及び二、三三、三四、乙二、原告米子本人)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 富保は、本件事故により、第一腰椎圧迫骨折、左腕神経叢麻痺、左第二ないし第七肋骨骨折の傷害を受け、本件事故当日である平成二年三月一九日から石巻赤十字病院に入院して治療を受けていたが、平成二年五月一〇日に同病院で行われた頚椎ミエログラフィー検査で第七、第八頚椎神経叢の引き抜き損傷が認められた。富保は、左手前腕の疼痛が激しく、中枢性鎮痛剤、神経安定剤、麻薬性複合鎮痛剤(難治性疼痛剤)等を使用した治療を受けたが、依然として左手前腕の疼痛が著明なため、石巻赤十字病院の紹介で東北大学医学部付属病院での治療を受けるために、平成二年六月一三日に転院した。

富保は、東北大学医学部付属病院には、同日から同年一一月三〇日まで入院して、腕神経叢の癒着剥離術、硬膜外麻酔、電極療法等の治療を受けたが、功を奏せず、左前腕に灼熱痛を残し、一年後に脊髄後根侵入部破壊術(本件手術)の適応を考えるとの留保を付したまま、同病院を退院し、同病院の紹介で、同年一二月三日から富保の地元の深谷病院に通院するようになった。しかしながら、深谷病院の治療を受けていた間も、左上肢、左手の強度の疼痛は持続し、富保は、鎮痛剤、向精神剤等の坐薬の内服等治療を受けたが、富保の痛みについては改善傾向が認められなかった。そのため、深谷病院整形外科の宮坂芳典医師は、東北大学医学部付属病院の麻酔科の兼子医師に加療方針の教示を求めた。

(二) そこで、東北大学医学部付属病院の兼子医師らは、宮城病院の脳神経外科の大槻泰介医師に、富保に本件手術の適用があることを示唆する内容の平成三年三月一八日付けの紹介状を作成し、これを受けて、富保は、同月二二日、宮城病院に入院した。

富保は、宮城病院における保存的治療で疼痛が軽減しないため、同月七月一七日に、大槻泰介医師により脊髄後根侵入部破壊術(本件手術)を受けたが、右手術に際して、富保は相当量の輸血を受けた。本件手術により富保の疼痛は改善を見て、その後発現した左下肢麻痺の理学療法を受けた後、富保は、同年九月三〇日に宮城病院を退院した。

しかし、富保は、同病院退院直後の同年一〇月一五日には、倦怠感、浮腫、湿疹等の症状を訴えて、同病院に再診し、次いで同月二六日、深谷病院で発熱、倦怠感、食欲不振を訴えた。そして、富保は、同月二八日、胃炎、全身衰弱が認められたため、深谷病院に入院し、同病院で、同月二九日、血液検査の結果等から劇症肝炎と診断され、同年一一月一日、B型肝炎ウィルスによる劇症肝炎で死亡した。深谷病院の山家誠医師の作成した死亡診断書においては、B型肝炎ウィルスによる劇症肝炎の原因については不明と記載された。

(三) 富保は、本件事故以前は健康な者であり、宮城病院を退院して程ない平成三年一〇月一五日に同病院に再診し、倦怠感、浮腫、湿疹等の症状を訴えるまで、本件事故による治療を受けていた間、内科的な疾患を疑わせる症状はなく、別表「亡木村富保生化学検査結果一覧」のとおり深谷病院に入院した同月二九日までγ―GPTの値が基準値を越えていたものの、肝機能の異常を示すGOT及びGPTの値はほぼ正常値を推移していた。

富保が胃炎、全身衰弱を訴えて入院した深谷病院の医師は、同月二九日の入院当日、原告米子に輸血を受けたか否かについて問診した。

(四) 輸血に伴う劇症肝炎の症例として、福島県内の総合病院で出血性の胃潰瘍の六五歳の男性患者が平成三年七月に輸血を受けてから、三ケ月後に輸血によるB型肝炎ウィルスによる劇症肝炎で死亡した例が報告されており(甲一七、二〇の三)、右症例は、輸血から死亡までの転帰が富保の症例と類似している。

また、平成六年五月にも、日本赤十字社が平成五年一年間に起きた日本赤十字社の輸血製剤による副作用を調査した結果、約二〇〇例の副作用が報告され、内四例は輸血後にB型肝炎が発症したものであり、その内の五七歳の女性と五四歳の男性は、輸血後の約四ケ月後に劇症肝炎で死亡したとされている(甲三三、三四)。

「輸液と輸血の臨床」と題する書籍(乙二)においても、輸血後のB型肝炎の発生頻度それ自体は0.3ないし0.8パーセントと減少しているにもかかわらず、劇症肝炎の中に占める割合は、約四四パーセントと高いことが報告されており、「家庭医学大事典」(甲二二)においても、同様に「輸血のあとに起こった肝炎から劇症肝炎がおこることが多く、劇症肝炎の約半数は、輸血後肝炎からおこるとされています。」と記載されている。

2 以上の認定事実を前提に検討するに、本件手術を含め、富保に対してなされた宮城病院外の医療機関による各種の医療行為は、富保の本件事故の傷害、とりわけ、左手前腕の疼痛を治癒せしめるために、不可欠な治療行為であったと認められる。そして、輸血後に劇症肝炎で死亡したとされる症例の発症期間と富保の症例との類似性、劇症肝炎の約半数は輸血後肝炎から発症すると考えられていること、富保は、平成三年一〇月一五日に宮城病院に再診し、倦怠感、浮腫、湿疹等の症状を訴えるまで、本件事故による治療を受けていた間、内科的な疾患を疑わせる症状はなかったこと等からして、富保の死亡という結果は、本件事故の治療のためになされた医療行為である本件手術のための輸血により発症したB型肝炎ウィルスによる劇症肝炎によりもたらされたと推認するのが相当であり、したがって、富保の死亡と本件事故との間には相当因果関係があると認められる。

3 ところで、被告らは、本件手術時の輸血が死亡原因であるとしても、富保の死亡の責任は同病院にあり、本件事故と死亡との間には因果関係がないと主張する。

しかしながら、被告らの主張するとおり、富保の死亡について、治療に当たった医師に過失があり、その医師及びその医療機関においても不法行為責任を負う場合であっても、特段の事情がない限り、医師の責任と被告らの責任とは、いわゆる不真正連帯債務の関係にたつものと認めるのが相当であるから、被告らと医師及びその医療機関との間で求償関係が生ずることは格別、本件事故と富保との間の相当因果関係を否定する事情とは認められない(札幌高裁昭和五八年七月七日判決・交通民集一六巻四号九一六頁外参照)。

したがって、被告らの右主張は採用しがたい。

二  争点二について

1  富保の葬儀費用(請求一二〇万円) 一二〇万円

本件事故と相当因果関係にある葬儀費用としては一二〇万円が相当であると認められる。

2  富保の逸失利益(請求三二八八万一九一三円)

一七二〇万一八三六円

(一) 証拠(甲一六及び原告米子本人)によれば、富保は本件事故前、有限会社丸秀工業で主としてアスファルト舗装工事を行う土工として勤務し、平成元年一二月から平成二年二月まで三か月に本給四六万二〇〇〇円、付加給一二万七六一二円の支給を受けていたこと、富保は土工として稼働する傍ら、農業に従事し、年間六〇万円ないし七〇万円の収入を得ていたことが認められ、少なくとも二九五万八四四八円の年収を得ていたことが認められる。

(二) 富保が昭和九年五月一七日生で、平成三年一一月一日、五七歳で死亡したことは当事者間に争いがないところ、富保は本件事故がなければ、平均余命22.16年(平均余命表の数値は当裁判所に顕著である。)の二分の一程度は稼働できたものと認められ、富保の生活費三〇パーセントを控除し、ライプニッツ係数(当裁判所に顕著である。)を用いて中間利息を控除して、同人の逸失利益を算出すると、次の式のとおり一七二〇万一八三六円となる。

295万8448円×(1−0.3)×8.3064=1720万1836円(円未満切捨)

3  富保の慰謝料(請求二四〇〇万円) 二二〇〇万円

富保が本件事故による負傷に起因する疼痛で長期間苦しんだうえに死亡した等諸般の事情を総合すれば、富保の慰謝料としては二二〇〇万円が相当である。

4  原告米子固有の慰謝料(請求三〇〇万円) 二〇〇万円

本件に顕れた諸般の事情を総合すれば、原告米子固有の慰謝料としては二〇〇万円が相当である。

5  弁護士費用(請求五一〇万円)

1ないし3の損害額は総額四〇四〇万一八三六円であるところ、富保の損害については、任意保険から三五四万五八二六円、自賠責保険から五七三万円の合計金九二七万五八二六円の損害の填補を受けたことは当事者間に争いがないから、右金額を控除すると、富保の損害は三一一二万六〇一〇円となる。

原告米子は富保の妻であったものであり、その余の原告らは富保の子であるから、原告米子の相続分は二分の一であり、その余の原告らのそれは六分の一と認められる。したがって、原告米子は富保の損害賠償額の二分の一である一五五六万三〇〇五円を相続し、その余の原告らは富保の損害賠償額の六分の一である五一八万七六六八円を相続することとなる。

原告らが富保の損害に関連して被告らに対して本件事故と相当因果関係にある損害として賠償を求めうる弁護士費用は、本件事故時の現価に引き直して、原告米子については一五〇万円、その余の原告については五〇万円が相当であると認められ、原告米子が固有の損害に関連して被告らに対して本件事故と相当因果関係にある損害として賠償を求めうる弁護士費用は、本件事故時の現価に引き直して、二〇万円が相当であると認められる。

第五  結論

以上の次第であるから、主文一、二項の限度で原告らの請求を認容し、原告らのその余の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官深見敏正)

別表亡木村富保生化学検査結果一覧<省略>

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